ただのフィギュアスケートファンのロシア語翻訳

フィギュアスケート関連のロシア語記事や動画の翻訳が中心のブログです。

クズネツォフさんのスケート靴の話2

のつづきです。


クズネツォフさん

≪ボクシンググローブでバスケットボールをするようなもの≫

- アリ・ザカリヤンがいつだったか、町田樹が新しい靴を慣らそうとしていて、その日の終わりに靴を脱いだ時、靴から血が流れたという話をしました。これは職業病でしょうか?

- むしろ選手それぞれの個人的な話です。自分の用具に100%の自信があり、どんなモデルが彼らに必要か正確にわかっていて、何十回もそのモデルで滑った人たちもいます。彼らは新しい靴に変えた最初のトレーニングの時から、いつもやっている要素を決め始めることができるということになります。一方で常に実験している人たちもいます。選手自身がどこかで何かを聞いたり、両親のどちらかが、架空のパパダキスがこんな靴やブレードで滑って世界選手権で勝っていると言ったりすると、その子供は是が非でもそれと同じ靴で滑らなければならなくなります。

- それはマゾヒズムの変形ですか?

- いいえ、これは愚かさの変形です。ただ、靴で苦しむことが必然的なプロセスの一部だと心から考えている人たちもいます。しかしこれは間違っています。とはいえ、多くの選手たちが最大限きつい靴を履くことを好んでいます。履きならした後、靴が足に極限までぴったり合うように。ローマ・コストマロフは、氷をより敏感に感じるために、いつも裸足で滑っていました。これは、目が見えない人たちが、触ってみてどんなでこぼこもわかるように指先を研ぎ澄ますようなものです。しかし、親は反対に非常に素晴らしいインソールを注文したがります。彼らは足を正しく形成するはずだと考えているのです。しかし、これはボクシンググローブでバスケットボールをするようなものです。

- では、最も程良いのはどこでしょうか?

- それぞれが自分の頭で考えて生きるべきです。私がジャンナ・グロモワの所でビデオグラファーをしていて、初めてイーラ・スルツカヤのスケート靴を研いだ時、彼女は氷に出てレーニングの半分は泣いていました。一つも要素を決めることができなかったからです。その後、涙を流しながら、自分には鋭すぎると打ち明けてくれました。私はすぐその場で適当な工具を取り、ブレードを鈍らせました。その当時、私は自分の実験をもっと自由にすることができました。靴を切ったり、問題がある場所を強化するために金属部品みたいなものを入れたり、色を変えたり、ホックを交換したり…。ジャンナ・フョードロワが私がどんな風に何をしているのかを見た時、こう言いました。≪クズネツォフ、私は自分のコーチの仕事をするからあなたは全ての用具の責任を負ってね。必要なものは注文して。でも、もしブレードや靴に問題が起こった時はあなたの問題になるわよ。≫

"当時スルツカヤのエージェントはアンドラーシュ・シャライ(1980年のアイスダンス世界チャンピオン - RT)で、彼はIMGで働いていて何でも買うことができました。彼は私たちのために、≪ジグリ(ラーダ)≫の車みたいな値段のアメリカ製の研磨機をいくつか買いました。そして私たちは驚くべきことに約10年間協力しました。"

- 公共リンクで職人がスケート靴を機械に入れ、研磨のプロセスがひとりでに行われているのを何度も見ました。あなたは目で見てスケート靴を研ぎますね。なぜですか?

- 私は自動装置や半自動装置のファンではありません。いったい何のためにそうしているのかを手で感じたいんです。自動装置では職人は、全てのサイクルを完全に行わなければならなくなります。つまり、何の目的もなく特定の金属層を取り除くということです。そして、5回機械でブレードを研いだら、それをただ捨てるしかなくなるということに、とても早く気が付き始めます。なぜなら、カーブが緩やかになりすぎるからです。私は同じ操作のセットをやろうとしていますが、とても慎重にやります。でも、あなたは私の頭の上に光の輪が見えないですよね?それがないということは、私が間違いを犯さないなんてことがあるでしょうか?例えば、ヨーロッパ選手権で1位、6位、7位、そしてもっと下の順位を獲った7組のアイスダンスカップルのスケート靴を私は研ぎました。その後、≪ソコリニキ≫の私の所に親がやって来て、自分の子供のブレードの後部が外れていると言います。そして私は小石のように十分に仕事をしていなかったことを理解するのです。

- ところで、エリザベータ・トゥクタミシェワは全然スケート靴を研ぎませんね…。

- サーシャ・サマリンも半年間研ぎません。同じような選手で、ジャンナ・グロモワの所にはセリョージャ・ドブリンがいました。ロシア選手権だかヨーロッパ選手権だかの前に、最後に研磨してから半年経っていたので、私たちがちょっとスケート靴を研ぐように彼を説得したのを覚えています。卓越したエドゥアルド・プリーニェルのところにスケート靴を研いでもらいに行き、次の日に研ぎ直しに戻った選手たちもいました。しかし、これはプリーニェルのスケート靴の研ぎ方が悪かったということではなく、各選手の要求が様々だということです。

タチアナ・アナトリエヴナ・タラソワがモスクワで浅田真央のコーチをしていた時、彼女はある時私に、スケート靴に何が起こっているのか理解するのを助けるため、彼らの所の一種の国民投票に来て欲しいと頼みました。これはとてもおかしな状況でした。そこには約10人が参加していました。真央本人、彼女の母親、タラソワ、通訳、フィジカルトレーニングのコーチ、エージェント…。彼らは日本に電話して、そこからこう言われました。左の靴を見てください。私は見て次のように答えました。内側に傾斜を与える必要があるように思えます。このせいで彼女はフリップとサルコウに失敗し、それに加えてルッツを跳ぶ時にアウトエッジに乗ることができないのではないでしょうか。

私が少しバランスを変えてみることを提案した時、真央はそれはトリプルアクセルのアプローチを乱すかもしれないと言いました。そのジャンプは彼女のブランド的要素でした。ざっくり言うと、私たちは何度も日本に電話をしましたし、その逆もありました。全て日本語からロシア語に、ロシア語から英語に通訳され、最終的には、トリプルアクセルを失わないように、配置は変えないことになりました。日本の考えでは、それを失うのはメンツを失うのと同じことなのでしょう。


つづき →