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ヤグディン40歳 秋≪一番辛辣な言葉でさえ最も純粋な感情≫

夏≪たくさん本を読む時間がないのが悩み≫のつづきです。


秋。≪一番辛辣な言葉でさえ最も純粋な感情≫

- 私は仕事を楽しんでいます。しかもいつもです。もしこの喜びがなかったら、私はおそらくもうずっと前に人生で何かを試すことをやめていたでしょう。しかし、実際私は楽しんでいます。全てのことを。私はテレビ放送にとても好感を持っています。劇場が大好きです。私は講演で国中をたくさん回っています。ラジオに出演してみたいです。何かの題目を伝えてみたい。時々極めて激しい痛みを引き起こしますが、滑るのが好きです。たとえば今、パンデミックが宣言され、とても多くのことが中止され、私は何もせずにどう生活したらいいのか実際わかりません。私にとってこれはとても難しいことです。同じように、ずっと休暇を過ごすのも難しいです。私がすること全てがさらなるアイデアのきっかけのようなものです。

もし私が白髪になり、すっかり見た目が悪くなったら、おそらくパスポートに記載された数字と外見は一致しているでしょうが、心の中は、映画≪ベンジャミン・バトン 数奇な人生≫の筋書きに近いです。まるで、年齢を重ねるたびに、心の中はどんどん若返っているかのようです。子供たちや、他の人たちとのコミュニケーションでは、私はどちらかといえばティーンエイジャーです。そして、おそらくこの心の中のティーンエイジャーは、外側の老人の殻に、まだ何かをさせ、何かを達成する努力をさせようとします。

私は心の中の世界に住んでいて、今日、最大でも明日を生きています。インターネットで批判の嵐を巻き起こす、起こったばかりの行為などについて、後になって後悔することはできますが、全体的にやってしまったことはやってしまったことだという見地で自分の人生を送っています。しかし、私の一番辛辣な言葉でさえ、決して意図的な計算だったり、誰かを傷つけたくて言ったことではありません。これは全て最も純粋な感情なんです。

私がこの先どれくらい長く滑るのか、自分でもわかりません。足にひどい痛みが起こるたびに、こう思います。≪きっとこれで終わりだ≫。しかし、毎回追加の呼吸みたいなものが起こります。フィギュアスケート、これは私にとって、稼ぎの問題ではなく、愛の問題です。私はもう長い間生活の心配はありませんでした。お金が余ることはないでしょうが、もし実際に私がスケート靴を履いて滑るのが嫌になるようなことがあれば、他の職業に切り替えるだけだと思います。しかし、私は自分の人生のこちら側が好きなんです。

芸術的な観点から見ると、≪カルメン≫や≪ロミオとジュリエット≫のパフォーマンスと同じです。これは、スポーツに関係なくフィギュアスケートでこれまでに行われた最高のものです。私はかなり冷めた人間で、涙に乏しく、何かロマンティックなものには控えめですが、≪ロミオとジュリエット≫のパフォーマンスの最後には、ターニャとマキシム(トトミアニナ/マリニン - RT)のプログラムの最後をいつも思い出し、実際泣いてしまいます。私にとってこれは、私たちのパフォーマンスが人々にとても強い感情を抱かせるという指標です。新年の子供向けのパフォーマンスは、まったく別の話です。いつか飽きるとは思いません。足が痛くならない限りは。

年齢に関しては…。30歳になった時、私はほとんど1日中黙っていました。自分がそのうち40歳になるなんて全く考えられないくらい憂鬱でした。40歳は私を考え込ませはしませんが、不快なのは明らかです。これは、A地点からB地点に行く列車みたいに、理由は何もありません。そして、自分の人生で、何かをどれだけ変えたとしても、どれだけ駅で停車していたとしても、いずれにせよ、このB地点に辿り着くということは言うまでもありません。ただ、20歳の時にはこのことを全く考えないだけです。


終わりです!