ただのフィギュアスケートファンのロシア語翻訳

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ミーシン先生の本より、ソチ - 黒海のアイスバーグ8

のつづきです。


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  3年後、ジェーニャはインタビューを行いました。事実上引退について発表するものでした。≪1年前、頸部の手術をした時に、もうスポーツを辞める時だと思いました。もう十分だと思いました。私は若い世代がどう成長したのか、男子フィギュアスケートがどう成長したのかを見ています。今は若い世代と試合をするのは不可能だと私には思えます。限界のようなものがあります。私は15回の手術を受けましたが、5度目のオリンピックに出場することは難しいです。もうお腹いっぱいです!≫ 彼はその時こう言いました。しかし、サンクトペテルブルクで行われたオリンピック選考大会の2018年のロシア選手権を思い出すと、彼がその試合の表彰台に立てた可能性を否定できません。優勝したミハイル・コリャダは合計281点を獲得しました。2位になったアレクサンドル・サマリンは258点でした。銅メダルのドミトリー・アリエフは249点でした。自分の最後のロシア選手権で合計点261点に達したエフゲニー・プルシェンコは、簡単にオリンピック代表になれたことでしょう。しかも、3人のメダリスト全員が悲惨な印象を残しました。

 つい最近、ジェーニャは私の同僚になりました。彼が明確な目的を持っていることを知っていますから、私は彼がスケーターだった時と同じような輝かしいコーチになるために、全てのことをするだろうと確信しています。エフゲニーと私の付き合いはもうとても長いですが、今も私たちは協力を続けています。私は彼の学校のために、彼が私に頼んだシミュレーターを準備しています。彼は普通ではない学校を設立しました。しかし、スポーツの場合と同じように、かなり独創的に行動し、コーチの仕事の新しいアプローチの創始者として現れました。

 私たちは工業、商業、芸術にビジネスがあることを知っています。宇宙飛行学の最近の成果は、ビジネスマンによって成し遂げられています。イーロン・マスクの≪テスラ≫は、広大な宇宙を縦横に走っています。そのスペースシャトルは国際宇宙ステーションとのドッキングに成功しました。そして、エフゲニー・プルシェンコはフィギュアスケートでビジネスアプローチの創始者になりました。彼は持ち前の積極性で行動しています。

 同僚の彼に敗北してちょっと我慢する時を待っています。なぜなら、師にとって最高の敗北は、その生徒からのものですから。私は今、プーシキンを信じているデルジャーヴィンです。エフゲニーが35歳になった時、ジャーナリストたちが私にこう質問しました:≪現在コーチになった教え子に何を望まれますか?≫ 私は冗談めかしてこう言いました:≪ジェーニャ、君の生徒たちが君のようになり、君が私のようなコーチになることを望んでいるよ。≫

ミーシン先生とプル


これでソチ編終わりになります。風邪をひいてしまって間が空いちゃいましたがなんとか11月中には終われてよかった!

この本が出た時からプルアカデミーも随分状況が変わってしまいましたが、私もプルがミーシン先生のようなコーチになってくれる日を楽しみにしてます😊